1.2 放射線モニタ

製品検索はこちら
 1940年代前半にGM計数管が試作され、1940年代末には、マイカ窓式GM計数管、リング回路方法の100進法計数装置、GM式サーベイメータ、線量率計など現在の放射線測定の基本構成機器が試作されました。
 1957年に「放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律」が公布され、原子力施設内で働く作業者および一般公衆に対する放射線障害防止に関する規則が定められました。これにより、放射線を取り扱う施設には「放射線モニタリング機器」の設置が義務づけられ、安全が確保されました。
 1950年代半ばに電離箱検出器やNaIシンチレーション検出器が試作され、半導体検出器以外の基本的センサがほぼこの頃までに国産化されました。初期の放射線測定回路には、真空管式が使用されていましたが、1959年に放射線計測モジュルのトランジスタ化により、小型化され性能も安定しました。
 1960年代に原子力発電の実用化に向けて放射線モニタも施設内の放射線管理用としての原子炉一次冷却系、ドレイン系、などに使うモニタ(ダストモニタ、ガスモニタ、水モニタなど)とエリアモニタや施設周辺の環境放射線管理用モニタとして、モニタリングポストやモニタリングステーンョンを開発、製品化しました。
 また、施設の中で働く作業者の人体への放射線の影響を測定する機器として、体内放射能測定のためのホールボディカウンタ、外部被ばく警報測定のための個人警報線量計が開発されました。ホールボディカウンタは、1960年代半ばにNaIシンチレーション検出器を使用した方式が初めて製作され、1970年代にはプラスチックシンチレーション検出器を使用した方式が、1980年代初めにはGe半導体検出器を使用した精密検査用が開発されました。ホールボディカウンタは、ベッド式が主として用いられますが、最近はチェア式も使用されるようになってきています。外部被ばくを測定するために、初めはコンデンサ形電離箱(ポケット線量計)が使用されていましたが、精度的にも低く警報設定もできませんでした。1960年代の終わりに初めて警報設定が可能な電離箱式の個人警報線量計が開発され、その後、被ばく線量を直読できる小型GM計数管を使用した線量計になりました。1980年代の初めには、センサとして半導体検出器を使用し、警報設定、使用時間設定等ができる個人警報線量計が開発されました。
 またモニタリング機器の他に、低バックグラウンド液体シンチレーションカウンタ、マルチチャネル波高分析器、β線スペクトロメータが完成し、低エネルギー核種の測定、極低レベル放射能の測定やエネルギー情報などの各種測定ができるようになり、環境モニタリングのための分析を容易に行えるようになりました。
 1970年代は本格的な原子力発電商業化の時代になりました。プラント運転に伴い放射線管理作業の合理化が大きな課題となりました。放射線管理区域から作業者が退出する場合や物品を持ち出す場合に、人体表面または物体表面の汚染を測定し規定値以下であることを確認する作業を自動化する機器が検討されました。1970年代初めにはGM計数管を使用したランドリーモニタが開発され、1970年代半ばには大面積のガスフローカウンタを使用したランドリーモニタ、体表面モニタ、工具などを管理区域から搬出する際の検査装置である小物物品モニタや足場板などを検査する大物物品モニタが開発されました。また、1970年代後半には、プラスチックシンチレータ方式が開発されました。コンピュータの進歩に伴ない、1970年代の終わりに、管理区域における作業者の出入管理業務を自動化するためのシステムが製品化され、1980年代初めには出入管理業務だけでなく各放射線測定器のデータを一括管理する総合放射線管理システムに発展しました。
 1970年代の半ばにGe半導体検出器が普及してくると、今まで放射化分析により処理されていた環境モニタリングの試料は、γ線スペクトロメータによる機器分析に置き換わりました。
 一方、測定技術とプラント運転の経験に基づき原子力安全委員会による基準の整備が行われ、1978年には環境に放出される放射性物質の放射能量の測定方法を定めた「発電用軽水型原子炉施設における放出放射性物質の測定に関する指針」が制定されました。また、同年「環境放射線モニタリングに関する指針」が続いて制定され、放射線モニタの製品基盤が確立しました。
 1980年代は、1979年に米国スリーマイル・アイランド原子力発電所で発生した一次冷却材喪失事故を契機に、1981年に原子力安全委員会により「発電用軽水型原子炉施設における事故時の放射線計測に関する審査指針について」が制定され、指針に基づき格納容器高レンジエリアモニタをプラントに設置しました。このモニタは、格納容器内の高温、高圧、スプレイ条件下に耐える耐環境型の検出器が要求され電離箱を採用しました。また、環境モニタリングに対しても高レンジまで測定可能な機器が要求され、球形電離箱を使用した緊急時環境モニタが開発されました。
 1986年にはソ連のチェルノブイリ原子力発電所で大きな事故が発生しました。安全性に関する社会的背景とプラント運転経験を踏まえ、放射線管理強化のために放射線モニタが追加設置され、システム的にも改良が行われました。測定点に検出器を直接設置するインライン方式から、サンプリングラインを分岐して検出器を設置するオフライン方式が導入され、検出感度と信頼性が向上しました。
 また、マイクロプロセッサを搭載したデジタル式放射線モニタが完成し、測定部の小型化と測定精度が向上し、監視システムへデータ転送し管理することが可能になりました。検出器には高感度で安定な特徴を生かしたプラスチックシンチレータが加わり、排気筒ガスモニタ、汚染モニタ、連続ダストモニタに採用されました。
 1990年代に入ると、検出部と測定部の信号系を光ケーブルで接続して耐ノイズ性の向上を狙った、光ファイバ伝送式放射線モニタシステムが開発され、さらに検出器自体に光ファイバを使用する開発が行われています。
 また、半導体センサの改良が進められ、半導体式エリアモニタの製品化が完了し、従来のエリアモニタ用検出器のGM計数管やNaIシンチレーション検出器との置き換えが可能となりました。常温で使用できる半導体センサは、扱い易さなどの利点が有り、今後ますます利用されていくと考えられ、新しいCdZnTeに代表される常温形半導体センサの応用製品開発が注目されています。
 放射線検出器の新たな用途の一つとして、蒸気発生器のリーク検知の強化を目的とした、窒素の放射性同位元素である16Nを測定するN-16モニタの開発があります。その他、1990年代には、放射線医療研究向けの医用重粒子線施設放射線モニタおよび日本原燃六ヶ所村の濃縮/埋設、再処理施設に関連した輸送船用放射線モニタ、ドラム缶自動検査装置、返還固化体検査分析装置、再処理施設放射線モニタが開発されました。
 特殊な放射線測定器の例として、岐阜県の神岡鉱山の地下に設置された東大宇宙線研究所のカミオカンデやスーパー・カミオカンデが挙げられます。後者は、地下に設置した直径40m×深さ40mの大水槽中に入射したニュートリノから発生するチェレンコフ光を約1万本の大口径(直径50cm)光電子増倍管で検出する装置であり、1996年より観測に使用されています。
 大型放射光施設(SPRING−8)、 重粒子線ガン治療施設(HIMAC)など大型の加速器施設の建設に伴い、加速器の放射線利用がさらに拡大していくものと考えられます。この利用例としては環境技術(公害物質の無害化、放射性物質の安定核変換など)への適用が考えられます。
 最近の「光技術」,「微細加工」,「超伝導」などの進歩は、放射線センサへの要求を実現するために応用され、「光」技術は既にプラスチックシンチレーションファイバとして一部実用化されています。また、レーザを用いた微量元素分析法も開発されています。その他、「微細加工」技術を利用したマイクロ光電子増倍管や「超伝導」技術を利用した超伝導センサなどの開発が進められており今後が期待されます。
 主な放射線モニタの完成時期を表1.2に示します。

表1.2 放射線モニタ年表
年 代 放射線モニタ
1954年 GM式サーベイメータ
線量率計
1961年 ダストモニタ、ガスモニタ、水モニタ
1962年 GM式野外モニタ
1963年 液体シンチレーションカウンタ
1964年 エリアモニタ
1966年 マルチチャネル波高分析器
ホールボディカウンタ
1967年 β線スペクトロメータ
ポケット線量計
1971年 電離箱式警報線量計
1972年 GM式ランドリモニタ
1974年 GM式個人被ばく線量計
1982年 半導体式個人被ばく線量計
1987年 マイコン式ディジタル測定器
1990年 光ファイバ式放射線モニタリングシステム
1992年 N−16モニタ
1994年 大型水チェレンコフ宇宙素粒子観測装置(スーパーカミオカンデ)


製品検索はこちら